吹雪の峠に行くなという言い伝えと、三年で四件の配車履歴
Nさん(仮名・26歳女性・北海道の地方都市でタクシー会社の配車係)からメールで届いた話。メールで5往復ほど追加取材させてもらった。仮名と社名を伏せる条件で承諾をいただいている。
うちの会社に昔からある言い伝えの話です。
私は配車の仕事をしてます。無線とアプリの両方を見て、近い車に振る。夜勤もあります。
会社で言われてるのは、冬の峠道の話でした。
吹雪の夜に峠で客を乗せると、目的地に着いたときには誰もいない。座席が濡れている。だから吹雪の日は峠へ行くな。
入社したときに先輩から聞きました。半分は冗談の言い方でした。
実際、吹雪の峠には行きません。
危ないからです。会社としても、視界が悪い日は峠越えの配車を止めます。言い伝えというより、安全のルールとして機能してる感じでした。
去年の一月に、その峠から配車依頼が入りました。
アプリからの依頼です。位置情報が峠の中腹の駐車帯を指してました。目的地は市街地のホテル。
その日は吹雪ではありませんでした。
風は強かったですけど、視界はありました。峠も通行止めにはなってません。だから普通に配車しました。
近くにいた車を向かわせました。
十五分ほどで到着の連絡が入って、そのあと、客がいない、と無線が来ました。
駐車帯には誰もいなかったそうです。
アプリの依頼はキャンセルされてませんでした。運転手が待機して、こちらから依頼者に連絡を試みました。電話は繋がりません。
そういうことは、たまにあります。
いたずらか、間違えて押したか、寒くて別の車を拾ったか。特に珍しくはないです。運転手には戻ってもらいました。
気になったのは、記録のほうでした。
翌日、配車履歴を見ました。同じアカウントからの依頼が、過去にもあったんです。
同じ駐車帯から、同じホテルまで。三年で四件でした。
全部一月から二月です。全部、深夜二時台。
四件とも、客はいませんでした。
履歴には運転手のコメントが残ってて、誰もいなかった、という趣旨のものが四件とも入ってました。
アカウントの情報を確認しました。
登録は電話番号だけです。その番号は現在使われていません。いつから使われていないかは、うちからは調べられませんでした。
上に報告しました。
上司は、いたずらだろう、と言いました。同じ人が毎年やってる可能性もある、と。それが一番あり得ると思います。
ただ、その上司が最後に一つ言いました。
その駐車帯は、昔の峠道の入り口だと。今の道路ができる前に使われていた旧道で、冬は閉鎖されるそうです。
言い伝えのほうは、今も新人に伝わってます。
私も伝えました。吹雪の日は峠へ行くな、と。理由は安全だからと説明してます。
履歴は、まだ増えていません。