八王子城跡を夕暮れに下りていたら、谷の底から大勢の声と「おいで」が聞こえた話

約2分
八王子城跡を夕暮れに下りていたら、谷の底から大勢の声と「おいで」が聞こえた話
共有: X LINE

Hさん(仮名・45歳女性・会社員)から、サイトのフォーム経由で届いた話。ひとりで山を歩くのが趣味だという。

私は、低い山を歩くのが好きで、休みの日に、よくひとりで登ります。

人の多い山より、誰もいない山のほうが、性に合っているんです。

その日に行ったのは、東京の八王子城跡。歴史のある、お城の跡です。

軽い気持ちで、午後から登り始めました。コースは、思っていたより、ずっと長かった。

本丸跡まで行って、写真を撮って。引き返すころには、もう夕方になっていました。

思ったより、ゆっくりしすぎました。山は、日が暮れるのが、街より早い。

日が、山の向こうに沈みかけて。木のあいだが、急に暗くなってくる。

少し、急ごうと思いました。

誰もいない山で暗くなるのは、さすがに、心細い。

下りの途中、谷のほうから、音が聞こえてきたんです。

最初は、沢の水の音かと思いました。ざわざわ、という、低い音。

でも、よく聞くと、水じゃない。大勢の人が、いちどに、小さな声で話しているような音でした。

話し声というより、たくさんの人の、ためいきが重なったような音。

何を言っているのかは、分からない。ただ、たくさんの声が、谷の下のほうから、ずっと聞こえている。

こんな時間に、団体さんでもいるのかな。そう思おうとしました。

そのとき、その大勢の声の中から、ひとつだけ、はっきり聞こえたんです。

女の人の声でした。おいで、と。

すぐ耳元で言われたみたいに、はっきりと。声は、谷の下から聞こえているはずなのに。

私は、下を見ないようにして、足を速めました。

橋のところまで来ると、今度は、後ろから足音がしました。

一定の間隔で、私のすぐ後ろを、ついてくる。

私の足音より、少し重い。土を、ひきずるような音でした。

振り返りませんでした。麓の鳥居まで、止まらずに歩いた。

鳥居をくぐったところで、足音は、ふっと消えました。

そこで初めて、振り返りました。山道には、誰もいない。当たり前みたいに、静かでした。

声も、もう聞こえない。山は、ただ暗くて、静かでした。

あのあたりは、昔から色々言われている場所らしい、とあとで知りました。詳しいことは、調べていません。

私は、夕方の山には、もう登らないことにしています。

昼の、明るいうちだけ。それでも、八王子城跡には、それきり行っていません。

こっちにも、もうひとつ

犬鳴峠を夜中に走るトラックの運転手が、トンネルの真ん中に立つ女を見た話

次の話を読む →